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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)28号 判決 1963年1月29日

判   決

原告

植田惣一

右訴訟代理人弁理士

渡辺忠雄

被告特許庁長官

今井善衛

右指定代理人通商産業事務官

磯長昌利

網野誠

右当事者間の昭和三七年(行ナ)第二八号審決取消訴訟事件につき、当裁判所は、昭和三七年一一月二〇日に終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和三二年抗告審判第二六七号事件について昭和三七年一月一九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、主文どおりの判決を求め、請求の原因として、次のとおり主張した。

一原告は、昭和三〇年八月二九日、別紙表示のとおり、「千両」の文字を楷書体で縦書して成る商標について、第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品とし、登録第九五一八七号商標に連合する商標として登録を出願したところ、同年商標登録願第二三一二七号として審査の結果、昭和三二年一月二二日に拒絶査定を受けたので、同年二月二一日、これに不服の抗告審判を請求し、同年抗告審判第二六七号事件として特許庁に係属したが、同庁は昭和三七年一月一九日にいたり、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、その謄本は同月三一日原告に送達された。

二右審決は、その理由において、別紙表示の登録第四四六三三〇号商標を引用したうえ、「引用商標は、『千両屋』の漢字を通常の書体で縦書して成り、第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品として、昭和二七年一一月一一日登録出願同二九年六月一六日登録されたものである。よつて、本願及び引用両商標を比較するに、両者は外観上の点においては互に類似の範囲を脱する程度の差異のあることは認められる。併しながら、称呼及び観念上の点よりみるに、本願商標よりは『センリヨウ』(千両)、引用商標よりは『センリョウヤ』(千両屋)の称呼、観念を生ずることは認められるが、引用商標中『屋』の文字はその指定商品である菓子類については営業者の屋号、商号等に普通一般に使用せられているものであることは極めて明らかであつて、引用商標中自他商品を甄別する機能を有する部分は『千両』の文字にあるといわざるをえないから、簡易迅速に行われる商取引の実際においては、引用商標は単に『センリョウ』(千両)と称呼、観念される場合が決して少なくないものと判断せざるをえない。してみれば、『千両』の文字より成り『センリョウ』(千両)の称呼、観念を生ずること疑を入れない本願商標とは『センリョウ』の称呼、『千両』の観念を共通にするものであるから、本願商標をその指定商品について使用するときは引用商標との間にこの点において彼此誤認混淆を生ずる虞れが充分であると認められる。従つて、本願及び引用両商標は仮令外観上の点において互に区別しうる差異を有するにしても、称呼及び観念上互に類似する商標であり、且つその指定商品も互に牴触するから、結局本願商標は旧商標法第二条第一項第九号の規定によりその登録は拒否を免れないものと認める。としたものである。

三右審決は、次の理由により不当である。

(一)  およそ商標の類否判定の基準たるべき称呼及び観念は、その商標自体から自然に生ずる無理のないものであるべきであつて、単なる机上の空論によつて決定すべきでない。引用商標は「千」「両」「屋」の三文字が同じ大きさで不可分一体結合されているいわゆる商号商標である。この商標の本旨とするところは商号商標である点に存する。そして、それが商号商標として必要な構成資料は「千両」の文字の下に結合された「屋」の文字であつて、この文字なくば引用商標は商号商標としての資格を失うことになる。そして、このような引用商標の称呼観念は、その商号商標であることの本旨を没却しないように、商標自体から自然に無理なく生ずるものでなくてはならない。審決が、引用商標中「屋」の文字はその指定商品である菓子類については営業者の屋号、商号等に普通一般に使用せられているものであることは極めて明らかである、としたことは是認し得るとしても、引用商標中自他商品を甄別する機能を有する部分は「千両」の文字にあるといわざるをえない、としたことは、商号商標としての構成上必要欠くべからざる「屋」の文字をみだりに省略し、不可分一体に結合されている引用商標中「千両」の文字を不当に抽出したものであつて、引用商標を曲解したものといわなくてはならない。ひつきよう引用商標は、不可分一体に結合して構成される「千両屋」の全体が商号商標として自他商品を甄別する機能を果すものであり、これから商号商標としての本旨を没却せずに無理なく生ずる称呼観念は、「センリョウヤ」でなければならない。

(二)  右のように、引用商標「千両屋」の「屋」の文字を省略して称呼観念すべきでないことは、この種の商号商標が取引の実際において「屋」を省略しないで称呼観念されている事実に徴しても、明らかである。引用商標のように「屋」の文字を他の文字に結合して成る商号商標で菓子類について使用されているものをあげれば、羊羹で著名な駿河屋、虎屋、米屋、パンその他で著名な中村屋、クッキーで著名な泉屋等があり、百貨店についていえば、松坂屋、高島屋、白木屋、松屋等、その他無名のものにいたつては、ほとんど枚挙にいとまがないが、これらの商号商標において「屋」を省略して、単に駿河「スルガ」、虎「トラ」、米「ヨネ」、中村「ナカムラ」、泉「イズミ」等、また、松坂「マツザカ」、高島「タカシマ」、白木「シロキ」、松「マツ」等と称呼観念することを、われわれは聞かないのである。

思うに、このような商号商標においては、「屋」(ヤ)の文字は一語であつて、きわめて発音し易いばかりでなく、その選定者がこのような商標の選定にあたり、全体として簡潔な呼び易い商標を採用するのが通例であるから、簡易迅速に行われる取引の実際においても、「屋」を省略して称呼観念されることがなく、選定者も決して略称を期待するものではない。引用商標も同様であつて、「千両屋」は冗長な商標でなく、「センリョウヤ」ときわめてなめらかに軽快に自然に発音されるので、敢て「屋」を省略することなく、「センリョウヤ」の称呼観念を生ずるものといわなければならない。

(三)  仮に審決のいうように、引用商標「千両屋」が単に「千両」(センリョウ)と称呼観念されるとすれば、次のような矛盾を生ずる。引用商標「千両屋」は昭和二九年六月一六日の登録にかゝるものであるが、この商標の登録時に「千両」の文字を要部とする登録第二七一四四七号商標権が有効に存在していた。この登録商標は、「千両」の文字をやゝ図案化して縦に大きく表わし、その上部に「スギ」の小文字を右より左へ横書して成り、第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品とし、昭和一〇年一二月五日の登録にかゝるものであるが、右商標中「スギ」の文字は小さく表示してあるから、その要部が「千両」の文字に存することは疑を容れないところであつて、これより「千両」(センリヨウ)の称呼観念を生ずることは明らかである。右登録商標の存続期間中、引用商標が登録された事実によつてみれば、この審査においては「千両」と「千両屋」とは、明らかに非類似の商標と判断されたものであるといわなくてはならない。しかるに、本件審決はこれと正反対の見解を示した。

(四)  引用商標のように「屋」の文字を有する商号商標と本件商標のようにしからざる商標とを非類似とした審査例は過去に多数存する。例えば、

(1) 登録第二五八二二六号の「明治」(甲第九号証の一)と同第一二八八二七号の「明治屋」(同号証の二)

(2) 登録第四四四八六号の「チドリ」(甲第一〇号証の一)と同第四一〇一〇五号の「千鳥屋」(同号証の二)

(3) 登録第二六七九二二号の「一楽」(甲第一一号証の一)と同第二八一七九四号の「一楽屋」(同号証の二)

(4) 登録第二五〇一一七号の「亀甲」(甲第一二号証の一)と同第四三二七八四号の「亀甲屋」(同号証の二)

(5) 登録第三一〇一五七号の「冨士」(甲第一三号証の一)と同第四四七九五五号の「冨士屋」(同号証の二)

さらに、比較的最近の例としては、

(6) 登録第五五七四九七号(商標出願公告昭三五―七八三五)の「白松」(甲第一四号証の一)と登録第五三〇三八五号(商標出願公告昭三三―八二二四)の「白松屋」(同号証の二)

(7) 登録第五四五二二二号(商標出願公告昭三四―七八四〇)の「ふくみ」(甲第一五号証の一)と登録第五五一六四二号(商標出願公告昭三四―一三三五九)の「福味屋」(同号証の二)

また、

(8) 商標出願公告昭二七―一六六九一の「千成」(甲第一七号証の一)と同昭和一五年第一二二五七号の「千成屋」の文字を要部とする商標(同号証の二)

(9) 商標出願公告昭三二―一三八二〇の「茜」(甲第一八号証の一)と昭二九―一三三三七九の「茜屋(あかねや)」(同号証の二)

(10) 商標出願公告昭三〇―一三二五の「壺」(甲第一九号証の一)と昭三二―一四七八五の「壺屋」(同号証の二)

(11) 商標出願公告昭三三―一二二八九の「鯱印」(甲第二〇号証の一)と同昭三五―五二〇四の「鯱屋(しやちや)」(同号証の二)

(12) 商標出願公告昭三二―七三二〇の「かみなり」(甲第二一号証の一)と同昭和六年第九二六七号の「雷屋」(同号証の二)

等があつて、これらの指定商品は第四三類で互に牴融している。このような審査例が最近にいたるまで多数存するにかゝわらず、本件にかぎつて審決がこれと異なる取扱をしたことは、原告がその理由の判断に苦しむところである。

四原告は、本件商標を、「万両」の文字より成る登録第九五一八七号商標に連合する商標として登録出願をしたが、別に同じく第四三類に属する菓子及び麺麭の類を指定商品として、「千両王」の文字を縦書して成る登録第四六八九七二号商標を有しており、本件商標はこの商標と称呼上類似である。したがつて、仮に本件出願が登録第九五一八七号商標として許されないとしても、右登録第四六八九七二号商標の連合商標として許さるべきである。

五これを要するに、本件商標は「センリョウ」の称呼観念を生ずること明らかであり、引用商標は、前記のとおり「センリョウヤ」の称呼観念を生ずるものであるから、両商標は称呼観念上充分に区別し得るもので、非類似であるといわなくてはならず、かつ外観上も非類似であるから、審決が本件商標は旧商標法第二条第一項第九号の規定によりその登録は拒否を免れないものとしたことは違法である。

六被告の主張に対して、次のように答える

(一)  取引の実際において、商号商標に接するとき、われわれはその中のいずれの文字が商号として普通に使用されるものであるかどうかを検討して、その商標を称呼観念するのではなく、それ自体から自然に生ずる無理のない称呼観念を求めるのである。したがつて、ある商標においては商号として使用される文字を省略して他の部分から称呼観念が生ずることもあるであろうし、他の商標においてはかゝる文字を含めて商標全体から称呼観念を生ずることもあるのであつて、必ずしも被告の主張するように、商号商標においては商号を表示する文字はつねに省略されて、他の部分から称呼観念が生ずるということはない。被告の見解こそ形式論であつて、迅速をたつとぶ取引の実際に適合するゆえんでない。

被告が引用した判決は、いずれも本件の「千両」と「千両屋」との関係には不適当な事例である。

まず昭和三〇年(行ナ)第一二号についていえば、「オリンピック製菓株式会社」において、「製菓株式会社」(セイカカブシキカイシヤ)の音数は相当多いものであるから、迅速をたつとぶ取引の実際において、これが「オリンピック」と略称されることはあり得ることであるが、本件「千両」と「千両屋」との間にはこれと同視し得るような関係はない。次に昭和三二年(行ナ)第四号(「折鶴製菓」と「折鶴」の図形、防長の文字)および昭和三三年(行ナ)第七六号(「報国チエン株式会社」と「報国」)の二判決も、「屋」の文字に関するところでないから、本件について適切でない。

その他被告挙示の各審決例も本件の事実関係と明らかに異なるから、かゝる事例が存するといつて、本件両商標が類似するということはできない。

(二)  引用商標「千両屋」と本願商標「千両」とを非類似とすることが妥当であるとする根拠を要約すれば、次のとおりである。

(1) 「千」「両」「屋」の文字が同じ大きさで不可分一体に結合されている。

(2) 「千両」の語数が二文字で、「屋」の文字に比して圧倒的に多くない。

(3) 「屋」(ヤ)は一文字で、きわめて発音し易い。

(4) 「千両屋」は冗長な商標でなく、しかもその「屋」の文字は「千両」の文字と実によく融合しているので、これを「センリョウヤ」ときわめて軽快に自然に発音される。

(5) 「屋」の文字は古来より菓子屋、荒物屋、米屋、魚屋等々としてきわめて多く使用され、親しまれている文字であつて、しかもこれを略して単に菓子、荒物、魚等ということなく、つねに「屋」の文字を切り離さない習慣がある。

(6) 実際においても、商号商標の駿河屋、虎屋、米屋、中村屋、松坂屋、高島屋、松屋を略して、「スルガ」、「トラ」、「ヨネ」、「ナカムラ」、「マツザカ」、「タカシマ」、「シロキ」、「マツ」ということがなく、これらはいずれも商号商標として著名なものであるが、無名なものについても同様である。

(7) 引用商標「千両屋」はその登録出願人によつていわゆる周知標章であると説明されている。事実上も該商標を使用する千両屋は名古屋地方において一般に著名な菓子業者であり、「千両屋」なる商標も、したがつて周知のものであるので、無名の本願商標「千両」とは充分に区別することができる。

(8) 一定の文字の下に「屋」の文字を結合して成る商号商標としからざる商標とを非類似とした多数の事例が、過去において最近にも存在する。

(9) 「スギ」の文字の附記を有するが、「千両」の文字を要部とする登録第二七一四四七号商標と引用商標「千両屋」とは、かつて特許庁において非類似とされた。

右の諸点を綜合して勘考すれば、引用商標「千両屋」は「センリョウヤ」と称呼観念さるべきで、「センリョウ」の称呼観念を生ずる本願商標「千両」とは非類似とされなくてはならない。

七よつて、各違法な審決の取消を求める。

第二  被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一原告主張事実中、原告の本件商標登録出願から、これについて特許庁でされた審査、審判の経過とその結果、審決謄本送達の日および審決の理由として摘記された部分については争わないが、原告が右審決を違法であるとして主張している諸点については、争う。

二原告の主張は商取引の実際を離れた机上の形式論であつて、次の理由によつてとうてい認容することができない。

(一)  元来一定の文字に「株式会社」、「商会」、「屋」、「堂」、「社」等商号であることを表示する文字を結合して成るいわゆる「商号商標」としからざる商標との類否判断は、きわめて慎重を要する問題であるが、当該「商号商標」を構成する文字それ自体は本来商人が営業活動をなす上において自己を表わすために用いられるものであるにしても、それが「商標」として使用される以上はあくまでも商標法にいう「商標」として審理判断がなされるべきであることは、論をまたない。

しかして、「商標」はその指定商品に附して使用され、自他商品の識別標識としての機能を有するものであることは明らかであるが、一般的に両商標の類否を比較検討するにあたつては、おのずからある一定の基準が存在するにしても、基本的には当該商標を使用する商品についての商取引の実情を前提として判断されるべきであることに留意しなければならない。

そこで、本件事案について考えるのに、本件出願商標は「千両」の文字、引用登録商標は「千両屋」の文字より成るものであつて、両者は「千両」の文字を共通にし、その差異は「屋」の一字の有無に過ぎないことは、その構成に徴して明らかであるが、「屋」は商品菓子類について商号の末尾にきわめて普通に使用される文字であることは、経験則上多言を要しないところであるから、この商標の要部、すなわち自他商品の識別標識となる部分は「千両」の文字にあるといわざるをえない。したがつて、離隔的観察、すなわち時と場所とを異にして両者を個別的に観察する場合においては、たとえ外観上は差異があるとしても、「センリョウ」(千両)の称呼、観念を共通にするから、この点において両商標は取引上誤認混淆を生ずるおそれが充分であると判断せざるをえないのである。

原告は、引用登録商標「千両屋」は商号商標であるから、「屋」の文字は構成上不可分のものとして考えらるべきであると主張するが、前述のように、たとえ該商標を構成する文字が商号を表わすものであつても、それが「商標」として使用され取引上自他商品の識別標識としての機能を演ずる場合にあつては、当該商号商標が商取引の実際において商号であることを表示する部分を省略しないで、現実に一体として呼称され観念されているという客観的に確定した事実が存する等、商標を構成する文字が全体として一体不可分の関係にあつて、これを部分に分離して称呼観念することを困難ならしめるような特別の事情がある場合は別であるが、このような格別の事情の存しないかぎり、商号としてきわめてありふれて使用される文字よりも他の部分すなわちこの場合は「千両」の文字が商標としての機能を果すに重要な役割を演じて、単に「センリョウ」(千両)と称呼、観念されこのために「千両」の文字より成る本件商標との間に彼此誤認混淆を生ずるおそれが決して少なくないものと思料される。

(二)  右の被告の見解がきわめて妥当であり、かつ正鵠をえているものであることは、東京高等裁判所においてなされた次の判決で示されているところによつても、明らかである。

(イ) 昭和三〇年(行ナ)第一二号、昭和三一年四月二八日言渡の判決

「オリンピック製菓株式会社」の商号を表わす文字より成る商標と、「オリンピック」の文字より成る商標とを称呼、観念上類似すると認めた事例、

(ロ) 昭和三二年(行ナ)第四号、昭和三二年七月二五日言渡の判決

「折鶴製菓」の商号を表わす文字より成る商標と、「折鶴」の図形および「防長」の文字より成る商標とを称呼、観念上類似すると認めた事例、

(ハ) 昭和三三年(行ナ)第七六号昭和三五年九月二二日言渡の判決

「報国チエン株式会社」の商号を表わす文字より成る商標と、「報国」の文字より成る商標とを称呼、観念上類似すると認めた事例。

なお、原告は過去の登録例を引いて本件審決はこれと異なると主張するが、およそ審査例を引用するについては次のような事情の存することに留意すべきである。すなわち、出願にかゝる一件書類(包袋と通称されている。)中登録されたものについては、その権利の存続期間中資料館に保存されるのみならず、出願公告の段階において商標公報にも掲載され、永く記録が保存されるが、拒絶査定になつたものは、その査定が確定した後五年を経過すれば包袋は廃棄処分され、後日これを調査することは不可能である。たゞし、拒絶査定に対して不服の審判が請求されたものについてのみは、その審理の結果は審決として記録が保存さされ、必要に応じて調査することができる。

そこで、本件と同種の事案について類似商標と認定した審決例を次にかゝげる。

(1) 昭和二九年抗告審判第五七八号、昭和三二年三月二六日附審決「東おし本舗」の文字より成る商標と「アヅマ」の文字を要部として成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第一号証)、

(2) 昭和二九年抗告審判第二四八四号、昭和三二年五月八日附審決

「株式会社」の下に「寿本舗」の文字を表わして成るG商標と、「株式会社」の下に「寿屋」の文字を表わし、かつ「KOTOBUKIYA」のローマ文字を配して成る商標とに関する事例(第四五類)(乙第二号証)、

(3) 昭和二九年抗告審判第二二三五号、昭和三二年五月一〇日附審決

「明治パン株式会社」の文字より成る商標と「明治」の文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第三号証)、

(4) 昭和二九年抗告審判第二二三九号、昭和三二年五月二八日附審決

「一茶」の文字を要部とする商標と「一茶堂」の文字を要部とする商標とに関する事例(第四三類)(乙第四号証)、

(5) 昭和三〇年抗告審判第九三九号、昭和三二年一二月一六日附審決

「キング製菓株式会社」の文字より成る商標と「KING」のローマ文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第五号証)、

(6) 昭和二八年抗告審判第二〇一四号、昭和三三年三月二七日附審決

「南海自転車株式会社」の文字より成る商標と「南海」の文字より成る商標とに関する事例(第二〇類)(乙第六号証)、

(7) 昭和三〇年抗告審判第二六三八号、昭和三三年五月六日附審決

「ノーベルミシン」および「株式会社」の文字より成る商標と「NOVEL」のローマ文字より成る商標とに関する事例(第六九類)(乙第七号証)、

(8) 昭和三〇年抗告審判第二三二八号、昭和三三年五月一二日附審決

「福寿」の文字より成る商標と「福寿製菓」の文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第八号証)、

(9) 昭和三〇年抗告審判第二三二九号、昭和三三年五月一二日附審決

「福寿糖」の文字より成る商標と「福寿製菓」の文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第九号証)、

(10) 昭和三〇年抗告審判第二四〇三号、昭和三三年五月二九日附審決

「富士純薬」の文字を要部として成る商標と「富士」の文字より成る商標とに関する事例(第一類)(乙第一〇号証)、

(11) 昭和三一年抗告審判第一九六二号、昭和三三年六月一九日附審決

「福助堂」の文字より成る商標と「福助」の図形および「福助印」の文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第一一号証)、

(12) 昭和三一年抗告審判第一九七一号、昭和三三年六月二〇日附審決

「株式会社みおつくし糖本舗」の文字より成る商標と「みおつくし」の文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第一二号証)、

(13) 昭和三二年抗告審判第九二一号、昭和三三年七月二四日附審決

「オフクメリヤス株式会社」の文字より成る商標と「おふく」の文字を要部として成る商標とに関する事例(第三六類)(乙第一三号証)

(14) 昭和三二年抗告審判第一一八九号、昭和三四年三月三〇日附審決

「福寿堂」の文字より成る商標と「福寿」の文字より成る商標とに関する事例(第四三類)(乙第一四号証)、

(15) 昭和三三年抗告審判第一八七三号、昭和三四年九月二九日附審決

「メトロ電気株式会社」の文字より成る商標と「メトロ」の文字を要部として成る商標とに関する事例(第六九類)(乙第一五号証)。

これらの審決においては、すべて両商標を類似と認定しているのである。

(三)  そもそも商標の類否判断が、外観、称呼、観念の三つの角度よりなさるべきことは、内外商標法の運用上古くから採用されている原則であるが、この点について商取引の現実の側面からさらに深く検討を加えると、次のように思われる。

すなわち、最近の経済界の実情をみるのに、自己の商品の販売拡張のために、新聞、雑誌等の定期刊行物、ラジオ、テレビ等の手段による広告、宣伝活動がきわめて活溌に行われ、商標権者は、このような各種の広告宣伝媒体を利用して、視覚および聴覚を通じ、取引者、需要者間に自己の商標を強く認識させて、一般の顧客にその商標の「イメージ」(心像)を植えつけることに最善の努力を傾注しているのである。

このような取引界の実情を前提として考えれば、商標の類否判断の過程において外観、称呼、観念の三点より勘案されることは、あくまでも妥当であるが、現実に両商標の間に取引上誤認混淆を生ずるおそれがあるかどうかという最終判断は、必ずしもこの三つの角度よりこれを各別に分離して考察されたところによつてされているのではなく、むしろこの三者が渾然として一体をなしているものとして心理的に把握されているところによつてされていることは、われわれの日常生活上の経験則に照して明らかであり、かつこのことが本件事案の審理判断に際しても、きわめて肝要な事柄である。

換言すれば、われわれは取引者、需要者の立場において自他商品の識別標識としての「商標」に接する場合には、その商標について視覚、聴覚によつて得られるもの、およびこれを通じて当該商標権の主体、すなわちその経営規模、内容等各種の要素が綜合されたものが、心理的映像として脳裏に存在しているのであつて、これが基本となつて両商標が離隔的に観察された場合、該商標を附して取扱、販売される商品間で混同誤認のおそれがあるかどうかという問題が生じてくるのである。

このような商標の果している本質的機能および商標によつて商品の取引をする顧客の心理的側面を前提として、本件両文字商標の間に、取引の実際において互に相紛れるおそれがあるか否かについて考えるのに、引用商標を構成する「千両屋」の文字中「屋」は、商号を表示するものとして一般に広く採択使用されている文字であり、しかもそのことは該商標の指定商品である菓子類の取扱業者間においてはきわめてありふれた事実であることは、疑をいれないところであるから、世人がこの商標を目(視覚)および耳(聴覚)を通じて認識した場合には、商標中「屋」の部分は通常は捨象されて、「千両」の部分のみが強く注意をひき、この部分が記憶として残存するために、単に「千両」の文字より成るにすぎない本件出願商標と、両者はほとんどそのイメージを同じくし、さらに両商標中に表わされている「千両」の文字はその表示態様においてほぼ同様である点をも併せ考えれば、時間と場所とを異にして、各別にこの両商標に接した場合において、本件および引用の両商標は互に彼此相紛らわしく、その商品出所について混同を生ずるおそれが充分であるといわなくてはならない。

原告は、引用商標の商号商標であることを前提とし、かつ両商標の類否を称呼の点よりのみ考えているが、すでに述べたように、たとえ引用商標を構成している文字自体は商号を表わすものであつても、それが「商標」として使用される場合には、商取引の実際において前記のような機能を具有している商標としての側面から判断されるべきであることには、論議の余地がない。このように考えれば、原告の主張は取引の実情から遊離した形式論であるのみでなく、問題のとり上げ方を根本的に誤つているといわざるをえない。

(四)  「千両屋」の文字より成る引用商標と本件商標と、「屋」の一字の有無に過ぎないとしても、この商号商標がきわめて著名であつて、商取引の実際において、「屋」の部分が捨象されずに、現実に一体として称呼、観念され、単なる「千両」の語と別異なものとしてのイメージを世人に与えているという客観的事実の存在を具体的証拠をもつて立証しないかぎりは、両商標は類似と判断せざるを得ず、単に「屋」(ヤ)が称呼上短音であることを論拠とする原告の主張は形式論にすぎない。原告の引用する「虎屋」、「中村屋」、「松坂屋」その他の著名商号の事例は、かえつて被告の見解の正当であることを立証するものである。

引用商標の登録出願の際に、それが周知商標であることを出願人が説明しているとしても、それは単に審査を有利にするために述べたにすぎず、なんらその事実を立証するに足る証拠は存しないのみならず、さらにそれより約一〇年を経過した現在においては、前記出願人の説明は、本件事案の審理に関して何の意味をも有するものではない。

(五)  これを要するに、商標の類否判定は、あくまでも個々の具体的事案について、商標の構成、その指定商品との関係、現在の取引界の実情等、各種の要素を綜合勘案して個別的に検討されるべきであつて、原告が主張しているように、商号商標は必ず一体不可分のものとしてみるべきであるとする等、一つの固定した基準を設定して、あらゆる場合を一律に処理することは、取引界の実情に即応しない机上の形式論であるといわざるをえない。

さらに原告の挙示する過去の登録例については、本件事案の審理が過去の事例に拘束されるものでないことは明らかであるのみならず、それらは本件と判断の時点を異にし、かつ事案を必ずしも同一にするものではないから、本件の判断にいささかも影響を与えない。しかも、商号商標としからざる商標との類否についての審査の実情をみるのに、本件と実質上同一又は類似の事案について、むしろこれを互に類似と認め、出願商標を拒絶した事例がきわめて多いことは、前記のとおりであり、その基本的考え方には一貫したものがみうけられるのである。

三  以上の次第で、原告の主張はいずれの点においても理由がなく、本件審決を取り消すべきなんらの理由がないと考える。

第三  証拠≪省略≫

理由

一原告が別紙表示のとおり「千両」の文字を楷書体で縦書して成る商標について、第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品として、その主張のとおりの登録出願をしたところ、その主張の経過で拒絶査定を受け、これに不服の抗告審判を請求したが、昭和三二年抗告審判第二六七号として昭和三七年一月一九日に、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決があり、その謄本が同月三一日原告に送達されたことおよび右審決の理由は原告の主張するとおり、結局本件出願商標は別紙表示の登録第四四六三三〇号商標と称呼、観念を共通にし、指定商品も牴触するから、旧商標法第二条第一項第九号の規定によりその登録は拒否を免れない、というにあることについては、当事者間に争がない。

二そこで、本件出願商標と、審決引用の登録商標との類否について考えるのに、本件出願商標の構成は前記のとおりであり、成立に争のない甲第三号証(商標公報)によれば、引用登録商標の構成は「千両屋」の漢字を楷書体で縦書して成るものであることが明らかであつて、両者はその書体において、前者はやや行書体を加味しているが、ともに楷書体の漢字より成る文字商標であり、これを構成する文字においても、「千両」の部分を共通にし、ただ後者がその下に「屋」の部分を有するのに反し、前者はこれを有しない点においてのみ差異があるものといわなくてはならない。

ところで、右引用登録商標中の「屋」の文字は、通常商号の末尾に附けられる文字であつて、そのことは菓子及び麺麭の類を商う商人においても普通に見られるところであることは、当裁判所に顕著な事実である。そして、右商標が第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品として登録されていることは前記甲第三号証(商標公報)によつて明らかであるから、右商標をこれらの商品につき使用するときは、商号を表示するものとして一般に理解されるものといわなくてはならない。しかも「千両屋」とは、商標としてむしろ簡潔な部類に属し、口調にもよどみがなく、一体として緊密に構成されているから、これを各構成文字に分離した印象を与えることはないと考えるのが相当である。

成立に争のない甲第四ないし第七号証(特許庁審査官から江口とし子に対する書面差出命令、江口とし子の書面差出書および説明書、登記簿抄本)によれば、引用商標の登録出願人である江口とし子は、審査官の照会に対して、「千両屋」とは同人の商号であつて、これをそのまま自己の商品の標章として使用しており、そのことは取引者及び需要者間に広く認識されている旨答えたことを認めることができるが、「千両屋」の商標を見、または聞くものは、その登録出願人が主張する右のような事実を知ると否とに関係なく、それは「千両屋」なる商号を表現したものとして理解し、かつ記憶し、それ以外のものとしての印象は、通常もつことはないというべきである。

三被告は、たとえ商号商標であつても、商標として使用されるものである以上、当該商品の取引の実情を前提としてその類否を判断すべきであつて、引用登録商標中「屋」の文字は右商標の指定商品である菓子類の営業について商号の末尾にきわめて普通に使用される文字であるから、右商標の要部、すなわち自他商品の識別標識となる部分は「千両」の文字にあり、したがつて「千両」の文字より成る本件出願商標は、引用登録商標と称呼、観念を共通にし、取引上誤認混淆を生ずるおそれがある、と主張する。

商号商標であつても、商標として、取引の実情を無視して類否を判断することができない、ということは、被告の主張するとおりである。しかし、引用登録商標が「千両屋」という商号の統一した印象を与えることは、前段に認定したとおりである。そして、その商号商標が冗長であつて、理解、記憶および発音に努力を必要とするとか、あるいは該商標中商号であることを表示する部分としからざる部分との結合が緊密でなく、これを分離して理解し、記憶し、かつ発音することを便宜とするとかいうような場合は格別であるが、そのような特別の事情の認められないこと、前認定に徴し明白である本件引用商標「千両屋」の場合にあつては、取引上もこれを「千両」と「屋」との二つの部分に分離して観念し、称呼することはないと考えるのが相当である。これを「千両」と「屋」とに分離して理解し、記憶することは、かえつて特別の思考と努力とを要し、通常人のあえてしないところであるといわなくてはならない。

また、簡易迅速をとうとぶ商取引にあつても、「千両屋」のような簡潔な商標を、「千両」と略称するようなことは、「千両屋」と「千両」とは、一方は商号であることが明らかであるのに、他はそうでないというように、その与える印象において全く異なるものがあるところからも、通常あり得ないというべきである。

さらに、また、引用商標を構成する「千両屋」の文字は、商号を表示するものとして一体不可分に観念し、称呼さるべきである、と前に認定したことは、もとより商品の自他識別の標識たるべき商標としての判断であつて、それが商号商標であるが故に、特にその他の商標と異なつて考えなくてはならないとしたものではない。商標が新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等の各種広告宣伝の媒体を通じて、ひろく一般取引者、需要者の視覚、聴覚に訴え、外観、称呼、観念の渾然一体をなしたものとして心理的に把握されるという側面に着目して考えても、引用商標がこれを見るもの、聞くものに対して「千両屋」(センリョウヤ)以外の印象を与えるものと認めることはできない。そして、そのことは右「千両屋」の商号が原告主張のような著名商号であるか否かには必ずしも関係がなく、その他商取引の実情にかんがみて、前示判断をくつがえすべき事由を見出すことができない。

これを要するに、その構成上「千両」(センリヨウ)の称呼、観念を生ずるに過ぎないこと明らかな本件出願商標は、たとえこれを離隔的に観察した場合においても、「千両屋」(センリヨウヤ)の称呼、観念を有する引用登録商標とは充分に区別し得られ、これを附した商品の誤認混淆を生ずるおそれはないものといわなくてはならない。

四被告は、商号商標としからざる商標との類否に関する本件と同一又は類似の事案について、むしろこれを互に類似と認めるのが審査の実情である、と主張するが、商標の類否判断は、その具体的事案に即し、取引の実情を前提として個別的になさるべきことは、いうまでもないところであつて、本件の判断が本件かぎりであるのと同様に、他の事例をもつて必ずしも本件を推すことはできない。ことに、被告引用の当裁判所判決にかかる「オリンピツク製菓株式会社」(昭和三〇年(行ナ)第一二号)、「折鶴製菓」(昭和三二年(行ナ)第四号)および「報国チエン株式会社」(昭和三三年(行ナ)第七六号)のごときは、いずれも商号商標であるということはできるけれども、その構成において、本件引用商標の「千両屋」が一体不可分の印象を与えるのに比すべくもないのである。

五本件出願商標は、旧商標法第二条第一項第九号の規定により、その登録は拒否を免れない、とした本件審決は、商標の類否判断を誤つており、違法のものとして取り消されなければならない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第六民事部

裁判長裁判官 関 根 小 郷

裁判官 入 山   実

裁判官 荒 木 秀 一

(別紙)<省略>

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